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ライフシフトって声高に言う必要はない。半径5メートル以内の「手触り感」が好きだから、自分が楽しめる仕事をしよう――佐藤彰さん

ライフシフトをした人たちのストーリーを紹介する連載「ライフシフトの向こう側」。今回紹介するのは、日本たばこ産業を早期退職し合同会社を設立した佐藤彰さんだ。
 
取材前に佐藤さんから届いたプロフィール資料には、職務経験の下に大きく「ご覧のとおりこれといった『畑』はありません!」と書いてあった。
かっこつけない、飾らない人——。
そんな第一印象のまま、取材は進んでいった。
 
佐藤さんから紡がれた言葉たちは、「どう楽しく働くか」の大きなヒントになりそうだ。
自分らしく自由に働きたい人におすすめしたい。
 
▶この特集では、ミドルシニアが自身の経験や好きなことを発揮できるあたらしい『出番』を創出する「ライフシフトプラットフォーム」に所属するメンバーのライフシフトの体験と未来をお届けします。

聞き手:小久保よしの イラスト:山口洋佑

佐藤彰さんのプロフィール:熊本県出身。1994年、九州大学経済学部を卒業し、日本たばこ産業株式会社に入社。2021年、合同会社ハート・オブ・ゴールド設立。2022年、日本たばこ産業株式会社退社。趣味はジョギングなど。

JT時代、自分の手元で「売れた」が起きた仕事

――佐藤さんは新卒で日本たばこ産業(以下、JT)に入り、28年勤めたそうですね。

佐藤:就職活動をするときに、「どうせやるなら好きなものを」と思ったんです。ずっと音楽が好きだったので、就活の軸は「酒、たばこ、ロック」で進めていました。レコード会社も受けたのですが、全滅しまして、内定をいただけたJTに入ったわけです。

たばこって産業として安定してるじゃないですか。JTはそのうえで、新規事業をたくさんやっていて、おもしろいことができるんじゃないかなと思ったんです。入社して、子会社の医薬品会社に出向したほか、たばこ営業所やマーケティング部門、商品開発部門など、さまざまな部署を経験しました。JTに28年もいたのは、居心地がよかったんだと思います。

特に印象に残っているのは、JTの社内ベンチャーからできた会社に出向して、開業する丸ノ内ホテルにシガーバーを出店したこと。開業前の試運転期間に全く売り上げが出ず、「やばいかもしれない」と焦ったんですが、グランドオープンしたらお客さんがたくさんいらっしゃったんです。わずか半年で投資した分を回収でき、その会社は軌道にのれました。

大きな規模の会社にいると、自分の仕事の成果が見えづらいことがありますが、初めて「ちゃんと売れた」という実感が自分の手元で起き、楽しい仕事でした

――それでも、退職という道を選んだのですね。

佐藤:JTでは55歳で役職定年で、99%強の人間がそこで卒業なんです。でも、2021年に早期退職制度の施策がありました。55歳までいればそこそこ以上の給料をもらえますけど、そのとき思ったんです。「定年を待たずに辞めたほうが楽しくなるんじゃないか」と。

気持ちは日替わりで揺れましたよ。でも、心配したのはお金のことだけで。家族の反対はなかったんですが、田舎の熊本にいる親父が唯一「俺だったら辞めない」と反対を表明しました。あと5年いて退職金をもらうのは安心安全な道ですが、最終的に「会社が早期退職を用意してくれるなら、それにのろう」と決めたんです。

――悩んだ末に退職したのですね。

佐藤:退職し、再就職を選択せずに自身で何かできることをやっていこうと決めました。楽しめる仕事か、お金になる仕事をしよう。やりたいと思ったことは何でもやってみようと。この決断が人生を変える、これまでで一番大きなシフトになったと思っています。早期退職が、早めに次の人生のスタートを切る良い後押しになりました。

コンセプトもないままハート・オブ・ゴールドを設立して、2022年にJTを辞めました。設立時に定款上の事業目的を決めないといけないので、経営コンサル業、不動産業、飲食業、芸能タレントのマネジメント業、たばこの販売業など、楽しそうだと思えたことを16ほどピックアップしました。

 ――人生100年時代に個人が社会で長く価値発揮できることを目指す、ライフシフトプラットフォーム(LSP)の2期生になったのは、どういう経緯だったのですか。

佐藤:LSPを運営しているニューホライズンコレクティブ(以下、NH)からJTに声がかかったようです。それがちょうど私が早期退職したばかりの頃で、JTから私に話がありました。

参画した理由は、就活同様、これまた単純でして。JT時代の若いときからNHの親会社の電通さんと縁があり、電通OBの個性の濃い方々と仲良くさせてもらってたので、そこに新しいネットワークができることを魅力に感じたからです。2023年に参画しまして、僕が電通以外で初のLSP参加者になったそうです。

自分の実力より、人とのネットワークが大事

――独立して最初の仕事は何だったのですか。

佐藤:レコード制作のお手伝いでした。JT時代から、仕事でフェスの協賛をしたり、ライブで遊んだりしているうちに輪が広がって、同世代のミュージシャンの友達が多いんです。

親しいミュージシャンがソロアルバムをつくっていて、歌入れを見に行きました。普段はフォーキーでサイケデリックな音楽なのに、珍しくストレートなロックンロールを歌っていて、歌詞がアナログ讃歌の内容でいいなと思ったんです。でも、それをボツにする(収録しない)かもしれないと聞いて、「7インチ(レコード)つくりましょうよ」と提案して進めていきました。

その案件の僕の立場ですか? プロデューサーなんてものではなく、ビール配達人ですよ(笑)。来週も彼のライブに行きますけど、おっさん4人でわいわい言いながら毎晩酒を呑む予定です。

――楽しそうな仕事です(笑)。

 佐藤:次の仕事も、音楽関連でした。ロックバンド・サカナクションの山口一郎さんのことは昔から知っていて、ある日突然マネージャーさんから電話がかかってきたんです。山口さんがJTの加熱式たばこ用デバイス「プルーム・エックス(Ploom X)」でのデザインコラボを希望している、と。僕はJTの後輩に連絡して承諾を取り、製品サンプルや動画などをつくってPRも担当しました。

キャンペーンには通常の約10倍の人が来て、大成功でした。2024年は某現代アーティストとのコラボ企画も進めているところです。

――人とのつながりから、仕事が生まれているんですね。

佐藤:知り合いだけは多いですね。仕事とプライベートの、両方で。自分の実力よりネットワークが大事だと思っています。人と知り合うのは好きなほうです。初めて会うけど共通の知り合いの話題で盛り上がるとか、思いもかけないグルーブが起きるのが気持ちいいですね。

僕、お酒が呑めたのは大きかったと思います。体力の続く限り遊んでいましたね。「歴史は夜始まる」って僕はよく言っているんです(笑)。

仕事とプライベートをきっちり分ける方もいますけど、僕の場合は「仕事も遊びも味噌クソ一緒」という感じが心地いいんです。時代もあるんでしょうけど、JT時代に部下から「ワークライフバランスが」と言われたときには、そんなの声高に主張せずに自分で勝手に実現してくれと言ってました(苦笑)。

――ほかの仕事も、ネットワークから生まれたものが多いのですか。

佐藤:先ほど話した、レコードをつくったミュージシャンのライブで物販の手伝いをしていたことがきっかけで、僕の自宅の近所でお店を経営している方と知り合い、2023年11月から隔週で月に4日ほど、立ち飲みイベント「ファジーピーチ酒場」をミュージシャンの友人と開催しました。

それが好評で、いろいろな人との再会や自作のおつまみが好評だったことなどが僕も楽しかったのですが、混み過ぎて12月でその場所ではいったん終了となりまして。そうしたらまさかのSHIBUYA CLUB QUATTROから声がかかり、1月にロビーで開催させてもらいました。ライブでもないのに200人強もお客さんが来てくれたんです。3月にまた開催する予定です。

LSPから声をかけてもらった仕事もありました。あるアニメ制作会社の経営が悪化して、経営改革プロジェクトとしてLSPの中から4人でチームを組み、2023年11月から入らせていただくことになりました。まったく知らない業界ではありますが、社会との接点をもてそうなので、「ぜひ」ということでやらせていただいています。

僕は決算や予算まわりの担当です。決算や予算を立ててPLを組む仕事は、JT時代にけっこうやっていました。社長さんとチームで毎週オンラインミーティングをしています。

手触りのある、実感を持てる範囲で動きたい

――人とコミュニケーションをとるうえで大切にしていることはありますか?
 
佐藤:そうですね…。あえて言うとしたら、話を一旦ちゃんと聞くということかな。先に何かを言わないし、前のめらない。それくらいですかね。一旦聞いてから、何か提案するなり、します。アドバイスは、しないようにしているというか。しゃべるのは得意ではないんです。いっぺん聞いてから反応したほうが、自分としては確実という気がします。
 
自分を大きく見せることは、しないっすね。絶対しない。そもそも、かっこつけるのが嫌いだし、見透かされたらかっこ悪いし、見透かされると思うんで。
 
――そういう佐藤さんのスタイルは、ミュージシャンの仲間から影響を受けていますか?
 
佐藤:彼らの、自力で自由に生きている感じからは大きな影響を受けてますね。特に40代半ば以降に、改めてすごいなとよく感じています。「自分にはこれしかないから」とやり続けているのはかっこいいし、昔売れて今でも名前は知られているミュージシャンが、昔の栄光にすがることなく次のことをやっているのを見て、リスペクトをもつようになりました。
 
――最後に、ライフシフトをしたい人へのメッセージをお願いします。
 
佐藤:「見る前に跳べ」なんじゃないですかね。今は確実に「跳んでよかった」と思っています。時間が自由に使えるようになったことが僕には一番よかったです。JTでは比較的自由にやらせていただいていましたけど、やはり会社員だと朝から晩まで打ち合わせが多く、時間的に不自由だとは感じていました。
 
ライフシフトって、声高に言う必要はないと思いますよ。サラリーマンならいつかくる話で、ひょっとしたらタイミングは選べるかもしれない。構えて深く考えなくてもいいのではないでしょうか。
 
最近よく聞くようになったリスキリングにも、同じニュアンスを感じています。何かを学ぶならお題目より、例えば包丁の使い方とか実践的なもののほうが「半径5メートル以内」な感じがして好きです。
 
僕は生成AIやゲームには興味がなくて、流行にのってたまるか、と思っている節があります。もう少し手触りのあるもののほうがいい。実感の持てる範囲で動きたい。僕は僕で、楽しく生きる方法を探っていきたいです。
 


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