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【岩井寿人の見たい世界】 鹿児島で見つめ直す生き方のバランス。心の底からワクワクすることをブーストしながら新しい境地を見つけたい。

ーー脳裏に浮かび上がってきたのは、白と黒が入り混じる陰陽の太極図。カンフー映画で出てくるあのマークだ。岩井寿人さんの中には、陰と陽の世界がある。陽が強すぎた歩み方に疑問を持ち、いま、陰を引き寄せバランスを取ろうとしている。

幼少期から成績優秀、頭脳明晰でありながら、彼の礎となっているのは身体性と精神性、熱いパッションのようなもの。電通での20年間、もっと鈍感になれたなら楽なのにと思うこともあった。でも心で向き合った。走り、走り続け、そして立ち尽くした。

鹿児島と奄美群島につながる自分の血と、「温泉生まれのサウナ育ち、産湯は水風呂」と自称するほどに年季の入った温泉とサウナ愛。プロになろうとしたほど極めた、ダンスのリズム。名も無き人々の歴史、想いに、心がうごめくということ。
競争社会のレールから降りた今、自分が自分である根っこのようなものが浮かび上がってきた。岩井さんがこれから歩みたい新しい世界。それはきっと、頭脳と同等に、身体性と精神性が存分に発揮できる世界。そして光と影の両方がしっかりと色濃く存在する世界だ。

新しい世界を探究しながら岩井さんは進む。陰と陽を抱きながら進む。急ぎすぎず、じっくりと、湯に浸かり、森を歩き、ダンスを踊りながら。ーー

▶︎この特集【NH230人が見たい世界】は、NHの人々が何を今思い、何を未来に描くのか、外部の人間から迫ったインタビューをお届けします。
聞き手:本間美和 イラスト:山口洋佑

岩井寿人(いわい・ひさと)さんの仕事歴:
鹿児島県出身。ラ・サール高校、東京大学・大学院卒。2000年電通入社以来、20年間営業畑。企業および官公庁を担当する。各種課題解決のためのプロジェクトリーダーとして、危機管理広報や企業トップコミュニケーションなどのPRコンサルタントから、クリエイティブ、事業開発まで幅広い領域で力を発揮する。2021年よりNH(ニューホライズンコレクティブ合同会社)へ。現在は鹿児島県在住。地方創生アクセラレーターを名乗る。

早々に乗った競争社会のレール

ーー岩井さんにとっての原風景と言えるものは何でしょうか。

小学生のとき毎日祖母と計算問題をした、そのちゃぶ台の風景ですかね。
家は両親共働きで、「ばあちゃん子」で育ちました。学校から帰ると、祖母に1分間計ってもらって計算をやるのが日課でした。「今日は40問できたね。昨日は38問だったから2問増えたね」と、毎日何かしら成長の結果が出る。足し算が掛け算になり、二桁の掛け算に上がっていく。

努力が報われるのを知った人生最初の経験です。それから公文やテストで良い成績を収めるようになり、まんまと受験競争のレールに乗って行った。あの日々から始まったんです。競争社会の大きな構造の中で闘う人生が。

中学受験、高校受験、大学受験、大学院の入学試験…と受験のオンパレードで、就職後は前線の営業部隊に配属されて。ずっと競争し続け、乗り越えてきました。問題や課題があると全力で頑張ってしまう性格なんです。ずいぶん早くから生き急いできた感があるので、40歳をすぎてからは心のどこかで「降り時」を探していたような気もします。

社内でNHの募集を知ったときは、安堵に近いような気持ちになりましたね。もう十分戦ったって。入社20年の45歳。NHに入れたギリギリ下の年次でした。

生まれ故郷の鹿児島に戻りました。一番の理由は、馬鹿みたいに聞こえるかもしれないんですが、毎日温泉に入れるから。きっと普通の人が思う「温泉=癒し」みたいなものと、僕にとっての温泉は違うものなんですね。本当に幼い頃から愛してきたものだから。東京でサウナブームになったときは、こじらせて勝手に憤ってました。それくらいの偏愛だし、自分になくてはならないものだし、信仰に近いものかもしれません。功徳をいただいてる境地(笑)。

地元のダンスサークルにも入りました。20代前半の子たちの中に、なぜか年齢倍以上のおじさんが混ざっている。しかもキャリア30年、異様にうまいという可笑しさ。会話はあまり通じないけど、リスペクトしてもらってるなと思います。

生き馬の目を抜くような東京の生活を離れ、今はリモートワークをしながら家から1歩出れば昔ながらの里山の風景。頑張っちゃうサガはなかなか変えられないので、強制リセットじゃないけど、なるべく自然の中を散歩するように意識しています。ときどき手伝いで薪運びや農作業の重労働にも励んでます。毎日幸せですよ。自分というものを取り戻している感覚かな。

歴史の闇の部分に心がうごめく

ーー生まれ育ったのは鹿児島。でもルーツは奄美にあるとか?

両親ともに奄美群島の徳之島の出身です。親の故郷なので子供の頃からよく行っていました。鹿児島本土と奄美は400キロほど離れていて、気候や風土、人の性格もかなり違って、面白いなと興味を持ちながら育ちました。

僕の親族は、徳之島の犬田布(いぬたぶ)岬の人たちです。海の見える景色のいい丘は台風の被害をもろに受ける場所でもあるので、家や畑ではなく、お墓が建てられてます。日本式の墓ではなく沖縄の方でよく見られる石で作られたちょっとした家のような墓です。昔はそこに月一回集まって、おしゃべりをする文化があったそうです。絶景ではあるものの、反面、塩害で作物が育ちにくい土地で、そこを苦労して開拓した一族なので親戚同士の繋がりがとても濃いんですね。

そういうときは昔話を聞きます。何百年も前、琉球王国から島津藩の殿様に政略結婚で送られたお姫様が、徳之島沖で台風で難破して、かくまってお姫様と結婚したのが先祖。だから我々の体には琉球王朝の血が入っているんだよって。かたや平家の落ち武者を追ってきた源氏の末裔と主張する親戚もいたり。本当かは知らないですよ。でもそんな話がみんな大好きで。

反面、徳之島ってもともと、琉球王国と違って薩摩藩の植民地だった辛い時代がある。自分たちで作った黒糖をなめても薩摩藩の役人から処刑されるという搾取の歴史で、明治維新後もその”黒糖地獄”の圧政はしばらく続きました。
さらに戦後はアメリカ軍の統治になり、日本復帰を望むあまり、自主的に島口(方言)を禁止するなど混乱と不安の暗い時代が続きました。当時は日本本土に渡るにはパスポートが必要で、唄者(うたしゃ※奄美群島のシマ唄の歌い手)をしていた祖父が渡航許可を得ないまま漁船に頼み込み鹿児島へ渡ろうとしたところ、沖合300mの海中に突き落とされたそうです。亡命ほう助罪で捕まりたくないから「ここからは泳げ」と。壮絶な歴史の末に僕の命があるんだって受け止めていた少年時代でした。

あるとき読んだ、半藤一利さんの『昭和史』と『幕末史』で、教科書で習ったのとは違う歴史の解釈の仕方を知って、衝撃を受けました。僕たちが習ったのは薩長史観、つまり「勝てば官軍」の勝者側である薩摩長州の目線で作られてきた歴史で、その裏に埋もれている多くの史実や歴史的解釈があるんです、という本だった。

「本当のこと」って本当に本当なのか? 自分が知らないことが別にあるかもしれないということ。奄美の歴史、幕末の歴史。 時代のうねりのなか必死に舵を切ろうとする権力闘争の陰で物を言わなくなった人々。なぜだか無性に「人知れず」という陰の部分に自分の心がうごめくのを感じるんです。

強い光を作り出す電通で過ごした時代

ーー陰と陽で言うと、電通時代は「陽」の世界だったのでしょうか。

電通は単純に「陽」なわけではなく、いわばブースター。光やエネルギーの増幅器です。電通自身が意思を持っているのではなく、クライアントの意向を増強させる機能にすぎません。でも僕はそんな電通の営業で、つまりクライアントの光を増幅させることをやってきた。同時に、強い光の陰にあるものを感じながら歩んできました。

子どもの頃は純粋に「搾取は悪」「戦争はいけない」と思っていたのですが、社会人になって、よく分かったんです。なぜ搾取がおこるのか、なぜ争いが起こるのか。皆が持つちょっとした欲望、今日より明日のほうが良くなるといいなという素直な気持ちが、既存の経済システムの中で変換されると競争を生み、勝者と敗者を生み、どうしても犠牲になるところが生まれる。世代間レベル、地域レベル、国レベル、世界レベルで。構造は同じだと。

東京での社会人生活で培ったことは貴重だし、感謝しかないけど、徳之島に先祖を持つ人間としては、これまでの経験をもとに、ちょっと違う境地にいきたい。自分の心にまっすぐ、まっとうだと思えることだけをしていきたい。それは競争社会というこの大きなシステムに従うだけの人生は嫌だという気持ちでもあり、今は陰に隠れてしまっているものやことに寄り添いたいという気持ちかもしれません。

2013年、一人ピッチに立ち尽くした

ーー大きなシステムに飲み込まれていく感覚。大企業で働く上では抗えない強い力だと思うのですが、なぜ岩井さんはこのままでは嫌だと思ったのでしょう。

自分の中で大きかった出来事があります。かつて中央官庁を担当していました。当時の政権がもっとも注力していた案件の政府広報の施策のために奔走しました。しかし提案するものがことごとく頓挫し、向き合っている相手先担当者も異動が続き、そのたびにまたゼロリセット。暗闇の高速道路上で、どこにボールやゴールがあるかもわからない状況でサッカーをしているような意味不明な感じでした。

日本全国、津々浦々に政策担当トップが出向き地域の人たちと車座になって語り合うという企画を担当しました。自分なりに心を震わせながら本気で取り組んだ仕事でした。向き合っていた官僚の方たちに、こうしたら世の中の見方が変わりますよ、こうしたらどうですか、と何十回も提案しました。毎日そればかり考えて。

まだ若く、熱い思いがあったから、とにかく走りました。高速道路でまわりはブンブン車が走ってて、動けば轢かれる、でもまた立ち上がって走る。瀕死の状態で、走っちゃだめなのに走り続けた。そんな感じだった気がします。

結局、最後は国会が解散してしまい、あっけなく試合は終わりました。でも僕は、最後の最後までピッチには立った。

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小さな光を増幅させたい

ーー皆が去ったピッチに一人、ボロボロで立ち尽くしたとき、岩井さんの中では何かが変わった、もしくは何かが終わった、のかもしれないですね。そして競争社会というレールを降りた今、どんなことに向き合っているのでしょう。

僕は変わらずブースターをやっています。ただ、強い光をさらに強くするブースターではなくて、小さな光の欠片みたいなものをブーストさせることを。

肩書きは「地方創生アクセラレーター」と名乗っているんですけど、これは造語で、アクセラレーターは本当はITベンチャーの世界の言葉です。大きなITシステムを組むときに、小さな要件定義で止まって頓挫することがよくあって、アクセラレーターはその頓挫しそうな局面にアクセルを踏んであげる人、スタートアップの成長をサポートする存在。僕は地方創生でそれをやろうと。

地方創生や地域おこしは、総論賛成各論反対や掛け声だけになりがち。骨抜き、玉虫色で「これでやったことになってる」みたいな状態が散見されるんですね。僕は自分が素晴らしいと思ったプロジェクトがちゃんと形になるよう、アクセルを踏む伴走者になろうと思ったんです。

新しく学校を作ろうとしている人、新しい産業や産品を作ろうとしている人。奄美の地域おこしのお手伝いもしています。

同窓の繋がりや、濃ゆい親戚のリレーションのある生まれ故郷にUターンしてきたアドバンテージをフルに活用して、首長をはじめ地元名士や先進の同志の方たちとつながって、同じ目線でその地域に必要なことを考える。企画のサポートやアドバイスをする。僕がやっているのはつまり、建て付けを考えて、ミッションで悩んでいる人に寄り添うってことですね。

電通では大きな神輿をかついでいましたが、今は小さくても最高にイケてる神輿でアジャイルに練り歩き、祭りを盛り上げていくことに惹かれています。皆のメリットになって、自分もちゃんと儲けて、相乗効果、つまり他の地域に波及するものにしていくことを意識して設計しています。

これから鹿児島や奄美群島を中心として、課題解決が必要なところのにおいを敏感に嗅ぎつけて、ブーストさせて、地域を面白くしていく。それから九州、日本、世界へと、地域も世代も越えていきたい。「地方創生アクセラレーター」と呼称している人間って日本にまだ僕一人だと思うんですけど、追求していきたいです。

ーー岩井さんの好きなサウナに喩えると、今どんな感じでしょうか。

電通時代は猛烈に熱いサウナ。「ととのう」境地に行くには、ガツンと冷たい水風呂に入ったり心地よい外気にあたったりする必要があるんだけど、これから一歩ずつ歩みながら体験していくんだと思います。

電通では本当に素晴らしい方たちと一緒に仕事をする機会に恵まれ、トラウマ級のピンチからもかろうじての生還を果たしたことで、培ったスキルと人物観には絶大な自信があります。でもせっかくやめたのに、これまでの力でできる範囲じゃつまらない。自分の感性の方を大事にして進み、新しい世界が見たいです。

次に猛烈にハマった世界が水風呂なのかな。あるいは次のサウナなのかな。その循環のなかでととのって、何か新境地に行けそうな気がします


New Horizon Collective WEBSITE

取材・構成・文 = 本間美和
フリーランス編集・ライター
1976年生まれ。日立製作所の営業から転職、リクルート「ゼクシィ」、講談社「FRaU」の編集者を経て、夫と2年間の世界旅へ。帰国後はNPOを立ち上げ「東北復興新聞」を発行。現在は長野と京都の二拠点生活で2児の母。大人な母のためのメディア「hahaha!」編集長。著書に『ソーシャルトラベル』『3Years』。
イラスト=山口洋佑
イラストレーター
東京都生まれ。雑誌・書籍、音楽、ファッション、広告、パッケージなどの様々な媒体で活動。CITIZENソーシャルグッドキャンペーン「New TiMe, New Me」、FRaU SDGs MOOK 、『魔女街道の旅』(著・西村佑子 山と渓谷社)、絵本『ライオンごうのたび』(著・もりおかよしゆき / やまぐちようすけ あかね書房)、テレビ東京「シナぷしゅ みらいばなし」などを手がける。各地で個展なども開催。yosukeyamaguchi423.tumblr.com/

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