見出し画像

【今泉睦の見たい世界】美しい海が守られる、守る人が増える未来へ。子供たちの探究心と変化を見る目を育てたい。

ーー「未来価値」という言葉を、今泉睦さんは何度も使った。

皆が価値を求め、生産し消費し、発展して出来上がった現代社会。しかし、価値に「未来」という言葉がつくと、伸ばそうとした手が「それは本当に、価値か?」と止まってしまう。

今日使えるクーポンでも、明日話せるゴシップでもなく。今泉さんはいま、より人間の根源的なものを求め、目を凝らす。

海洋プラスチック削減のプロジェクトや、子供たちのセンスオブワンダーを育むプログラムづくりに取り組み始めた。社会課題だから解決するのではなく、未来価値だからやりたい。

非力なのは百も承知だ。でも、小さな蝶の羽ばたきが、30年後、50年後、自分が去ったあとの世界を変えるかもしれない。
今泉さんは、今日もその羽を動かさんと腹に力を込める。ーー

▶この特集【NH230人が見たい世界】は、NHの人々が何を今思い、何を未来に描くのか、外部の人間から迫ったインタビューをお届けします。聞き手:本間美和 イラスト:山口洋佑

今泉睦(いまいずみ・むつむ)さんのお仕事歴
1985年電通入社。20年以上に渡って雑誌広告を中心としたコンテンツメディアに携わり、96年には電通初の兼務者としてインターネット広告専門部署で新領域を切り開く。その後デジタルやメディアの領域で局長を歴任。2020年退職、NHへ。近年は協会活動や電子雑誌広告などに携わると共に、次世代に向けた環境、教育の分野でも取り組みを計画中。

雑誌がつくるバタフライエフェクト
ーー電通では、雑誌広告を長年担当し、後半はデジタル広告の黎明期に会社を導く役割を担われたとか。雑誌の世界って今泉さんにとってどんなものなんでしょうか。

一番最初にデジタル広告を始めようと提案した時、社内の皆に「売れないよ」と笑われました
その後、ソフトバンクの孫さんと一緒にバナーを売る事業を始めるんですが、当時は「ピクセル」「リンク先」「URL」って言葉も通じなかったし、素材くれと言ったら封筒に紙焼き写真を入れてくる営業もあったりしてね。

そんな、インターネットの世界をまだ誰も分かっていない時期に、雑誌「WIRED 日本版」の当時の編集長・小林弘人さんは、デジタル化の未来を的確に予見して見せてくれました。雑誌編集者は「未来価値」を与えてくれる人だと思って、心からリスペクトしています。

当時BRUTUS編集長だった斎藤和弘さんが、あるセミナーで言っていたキーワードが「幸福な消費」。価格やデザイン、機能、いろいろ選択肢はあるけど、人ってそれだけじゃない。
機能は2番目でも、「ああ、これがいいんだよなあ!」と喜んで買うってことがありうるわけです。

編集者は、読者に合わせた商品価値を見つけ出し、「あなたにはこれがいいよ」「あなたの生活はこんなふうに変わるよ」と伝える。そんな幸福な消費を作り出す力が編集者にはある。雑誌の編集者が素晴らしいのはプライドと視座の高さ。読者のために、本当のこと・幸せなことを教えてあげる。そういう人たちと仕事ができたことは宝物です。

広告の世界だと、雑誌は他のマス媒体と比較すると「広告リーチが小さいじゃん」と思われちゃうけど、編集の人はずーっと常に世の中を見ていて、バタフライエフェクト(※)の最初の羽ばたきを作っている。社会変革を作り得る媒体だと思います。

(※ほんの些細なことが、さまざまな要因を引き起こし、最後にとんでもない大きさの事象に繋がることがあるという考え方。米国の気象学者が1972年に行った「ブラジルでの蝶のはばたきがテキサスに竜巻を引き起こすか」という講演の演題に由来する。)

未来価値をつくるとは?
ーー未来価値、いいですね。今泉さんは今、コンテンツメディアのコンサル的なお仕事と共に、海洋プラスチック問題に関する取り組みも始めているとか?

自分が創りたい未来価値は「DXからEX」。「DX」はデジタルトランスフォーメーションで、物の作り方や働き方を変えていけます。「EX」は私の頭の中にある事なんですが、「EARTH・ECO LOGICAL・ENERGY・ETHICAL・EDUCATION」。取り組むべき「E」をメディアの編集を通じて世に出して行くことが私の役割だと思っています。

海洋プラゴミといっても、調べてみると7−8割の原因は陸なんですよ。ビーチクリーンと同時に、川と陸地のゴミを減らさないといけない

日本ってプラスチックのリサイクル率が約85%と言われているんですけど、火力発電などで燃やして電気として再利用する「サーマルリサイクル」も含まれているので、結局リサイクルに回った6割くらいは燃やされてCO2が出ちゃってるんですよ。

より本質的な変化をもたらすなら、陸と海はつながっていることを知ること。拾ったゴミを、焼却してしまう道ではなく、再活用する道につなげること。いろんなハードルもありますが、まずは知らせる、PRをする必要がある。僕はその部分の担当です。

これから必要なのはITエンジニアではなくて

ーーいわゆる「環境教育」、というよりももっと社会・世界全体の仕組みを知ることが未来につながるということでしょうか。

今、ITエンジニアが足りないと言われていますよね。学校教育にもプログラミングが盛り込まれて。でも僕、20年もしたらITエンジニアの仕事ってAI化されてバリューは下がってしまうと思うんですよね。

僕はこれから「環境エンジニア」みたいなものが必要になると思っています。例えば、海の波ができるメカニズムって?黒潮や親潮はなぜ生まれるの?雲は?
それこそ「バタフライエフェクト」や「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな、高い視座から「変化を見る目」を持っている子が増えると、もっと世界は住みやすい場所になるんじゃないかと。

ーー繋がりと作用と変化を捉えられる目。気象だけでなく、まちや人の営みも含めた、環境すべてですよね。どうやったら育つんですか?

探究心じゃないですかね。だからこそ、子供たちの持つ最初の素朴な疑問や興味を、大人に「どうでもいい」「ちっちゃいこと」って潰されてたら、未来価値がでない。大人にできることは、「本当に好きなことに没頭する時間」を子供たちから奪わないことだと思います。

僕は自分の娘を二人とも中学受験させましたけど、小学4年生やそこらで川で遊ぶことや友達と駆け回ることを取り上げて塾に通わせたのは正しかったのか、今でも胸がチクリとすることがあります。

もうすぐ60歳の僕は、「人生100年」と言ったって子供より先に死ぬんだから、未来にツケを残してはいけないなと思うんです。教育と言うと押し付けに聞こえるけど、ただ、子供や若者が安心してチャレンジできる環境をつくりたい。それだけです。

センスオブワンダーの学校をつくりたい

ーー私も親としてすごく考えさせられます…。何ができるんだろう。

受験に関する支出って年々上がっていて、1人あたり1千万から2千500万円かかると言われています。一方で、都市部で有名私立中学への受験熱が高まる中で、日本のノーベル賞受賞者を見てみると、東京出身者って一人だけ。しかも都立高校です。日本全国を見ても、私立高校出身者は関西で2名のみ。圧倒的に地方の公立高校出身者ばかりなんです。それはなぜか。先ほどの話と繋がりますけど、小・中学生の頃に受験勉強で机に向き合う時間が増えることで、本来必要な探究心を奪ってしまうのかもしれないなと。

怖いとか、すごいとか、不思議だなと思う感性って、幼いうちにしか養えないと、今は亡き海洋学者のレイチェル・カーソンは言っていました。なので、各界で活躍されている大人達と一緒に、「センス オブ ワンダー」、つまり「自然の神秘や不思議さに目を見張る心」を育めるような場がつくれないかと考えています。

ーーセンス オブ ワンダーを育む学校!いいですね。

海って、怖さ・厳しさもあります。でもコバルトブルーや、小笠原のボニンブルー、色合いもさまざまに変化する海をぼんやり見ていると、この海を守りたい、地球を守りたいなって思えてきます。

守るにはどうしたらいいんだろう。例えば、ペーパーレスが環境にいい、じゃあクラウドサービスを使おうと言って、データをどんどん上げていく。でもクラウド会社が管理するサーバーって、場所を特定できないようにジャングルや砂漠の中に置いていて、冷やすためにクーラーでがんがん冷やしてるんですね。なので、サーバーが置かれている地域の環境負荷が非常に高くなってきています。決してITだからって環境にいいわけじゃない。

こういうようなことを学べるプログラムを日本の世界自然遺産のような場所で開発したいと思います。フィールドとして小笠原もいいなと思います。素晴らしいところですよ! 行くのに24時間かかって、ブラジルより遠いですけど。

ーー都会の学校で、もしくはオンラインで学ぶより、海や森でのフィールドワーク。絶対いいですよね。

小笠原は、昔からウミガメを食べる文化があって、年間135頭獲っていいことになっています。解剖したデータによると、7割が海藻と間違えてコンビニの袋を食べていました。マイクロプラスチックはほぼ全頭。

子供も親も、何を守らなくちゃいけないか・何をしなくちゃいけないかを体感と共に学べば、帰ってからの行動が変わっていくと思うんですよね。
NHにはいいクリエイター、プランナーもいっぱいいるので、仲間たちと一緒にできたらいいなと思います。

レイチェルカーソンの『センス・オブ・ワンダー』

ーー『センス・オブ・ワンダー』、私も好きな本です。子供は真っ白なキャンパスだと捉えていたけど、本当はジャングルなんじゃないか?大人が整地してビルを建ててしまうんじゃないか?と発想を転換させてくれた本です。

20年以上前の話だけど、研修として10人の新人社員をメンターとして預かったことがあって、僕の班のテーマはセンス オブ ワンダーでした。
若い時は探求したり、感じとる力が大事。すごい人に会ったりして感性を揺さぶられる機会にしたかった。テーマは配属先を伝える最後の日まで秘密にしていて、最後の面談の待合室に『センス・オブ・ワンダー』の本を置いて、感想文を書いてもらったんですけど、ずっと取っておいて、この前、彼らが20年目の節目にそれぞれに返しました。彼ら自身もまた、リーダーとして新入社員のメンターを務めたりしています。

そこに込められていたのは、若い頃のセンスを大人になるとなくしてしまうと言うこと。あとは感性を誰かが見守ってあげる必要がある。一人でもいいから、「それでいいんだよ」と言ってあげること。

私自身、子育てを通じて「見守り」の重要性がわかりました。「押しつけずに見守る」。自立したい思春期は難しい時期ですが、子供は身体を張って教えてくれたと思っています。

ーー「それでいいんだよ」ってなかなかできないですよね。レイチェルカーソンが2歳にならない甥を嵐の海に連れ出して一緒にケラケラ笑ったシーン。普通、子供が嵐の夜に外に出たいって言ったら叱りますよね。
 
愛と哀愁のはなし
ーーところで好きな歌は、アンパンマンマーチ? どういうことですか。

やなせたかし先生は、父が一緒に仕事をしたことがあって、昔から知っていました。
2013年に94歳で亡くなったんですが、晩年にやっと何冊か書籍が出たので読みました。戦争体験や、社会で認められない切なさ、正義とか正しいことをやるには痛みが伴うということが書かれていて、そうだよな…と沁みました。

やなせ先生が作詞した「手のひらを太陽に」。あれは実は、仕事に悩んで自信を失っていた時期に、太陽ではなく、輝く「電球」に手のひらをかざした時、血の色が真紅に見えたんだ、とおっしゃっていました。ああ俺、生きてるんだ。みみずみたいな、おけらみたいな俺だけど、生きてていいんだと。そんな思いからできた歌詞だったそうです。

何事も、最初に始める人は滑稽に映ったりしますよね。アンパンマンも、一番最初はかっこ悪いんですよ。おじさんが空を飛んでパンを配っている切ない物語(※)。最後は未確認飛行物体と間違われて撃たれて死んじゃうんですよ。

※1969年に雑誌PHPに掲載された短編童話集『十二の真珠』の中の一作だった。後の1976年に、頭があんぱんでできたヒーロー『あんぱんまん』が登場した。

アンパンマンの歌詞もすごいなと思うんです。なんのためにうまれて、なんのために生きるのかって。

ーー元気100倍!の前にあったのは、愛と哀愁の物語ですよね…。今泉さんご自身はどんな子供だったんですか?

作曲家で仕事に忙殺された父。家庭を創りたかった母。すれ違いが原因で小さな時に両親は離婚し、兄弟3人母親に育ててもらいました。当時の「普通の家庭」とは家族環境がかなり異なっており戸惑うこともありましたが、両親や親族からは深く愛されていたと思います。

今も思い出す風景があって、西伊豆の松崎町というところにある雲見という海岸。母親が男児3人を連れて行ってくれた初めての遠出旅行です。
二泊三日の小さな民宿泊まり。漁師の民宿でごはんも美味しくてね。母と一緒に夕日を見たんですよ。沖の夫婦岩に落ちる夕日。なんか今でも覚えています。

何を見ていたのかな。「遠くを見ていた」んだと思います。海、空、雲、水平線の向こうの遠い国。そんな「想像力」と、家族と過ごす「安心感」を行ったり来たりしていたのかもしれません。

人生初のモラトリアム

ーーこれから、人生100年と言われる残りの時間、向き合うべきは「未来にツケを残さないにはどうしたらいいか」だとおっしゃいました。

僕は大学の附属高校上りで浪人とかしていないので、立ち止まることなく自分の思った通りにずっと生きてきて、いい経験をさせてもらったと思ってるんですよ。いろんな出会いとチャレンジで、涙もあれば笑いもありで。
で、来年60歳という歳になって、今、人生初のモラトリアムって感じなんです。

今やってる仕事は二方向あって、先ほど言った、DXとEX。どっちが自分か?っていう答えはまだわからないです。また別のことかもしれないし。

会社の仲間、NHの仲間、大学の仲間と集まって、これからどうする?と、まるで就職前の学生のような感じでしゃべってますよ。

ーーなんか青春ぽくないですか?

ははは。そうですね。「人生なにしたい?!」って問い続けてます。人生100年って言っても健康寿命もありますし、同期で既に亡くなった人もいます。自分もいつ死ぬか分からない。何をやり残す? じゃあ健康なうちはずっと仕事するのか? そしたら世界一周とかできないぞ?とか。

ーー世界一周したいんですか?

したいしたい!笑

うちの父親が他界してから30年。63歳でした。最後に作っていた曲も子供たちのための曲でした。「アンパンマン」の絵本が出たのは、やなせ先生が50歳を超えてから。アニメの大ヒットは70歳です。

二人とも既にこの世にはいませんが、作品がこれからもずっと子供たちの記憶に残り、いのちのあり方を感じてくれたら素晴らしいことだと思います。私には到底作家や編集者のような才能はないですけど、これからの生き方として目指したい世界でもあります。

ーーつまり、アンパンマンの歌詞ですね。なんのために、生まれて・・・
何をして生きるのか。
わからないまま終わる、そんなのは嫌だ!

僕なりのアンパンを運びたいですね。アンパンマンが顔、つまり食べ物を届けるなら、自分は「解決する方法」を届けられたらいいなと思います。


New Horizon Collective WEBSITE

取材・構成・文 = 本間美和
フリーランス編集・ライター
1976年生まれ。日立製作所の営業から転職、リクルート「ゼクシィ」、講談社「FRaU」の編集者を経て、夫と2年間の世界旅へ。帰国後はNPOを立ち上げ「東北復興新聞」を発行。現在は長野と京都の二拠点生活で2児の母。大人な母のためのメディア「hahaha!」編集長。著書に『ソーシャルトラベル』『3Years』。

イラスト=山口洋佑
イラストレーター
東京都生まれ。雑誌・書籍、音楽、ファッション、広告、パッケージなどの様々な媒体で活動。CITIZENソーシャルグッドキャンペーン「New TiMe, New Me」、FRaU SDGs MOOK 、『魔女街道の旅』(著・西村佑子 山と渓谷社)、絵本『ライオンごうのたび』(著・もりおかよしゆき / やまぐちようすけ あかね書房)、テレビ東京「シナぷしゅ みらいばなし」などを手がける。各地で個展なども開催。yosukeyamaguchi423.tumblr.com/

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!