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【山口裕二の見たい世界】 僕がNHを作った理由。 アリとキリギリスが両立できる、人生100年時代の新しい働き方。

ーーアリは、ひたむきな努力と忍耐で、属した組織での役割を果たす。キリギリスは、一人で好きな音楽を気ままに奏でる。前者が会社員、後者がフリーランスと捉えてみるとどうだろう。これまで私たちは、そのどちらかの働き方を選択しなくてはならなかった。前者を選べば窮屈さが、後者を選べば不安定さがトレードオフでついてくる。

しかし合同会社「ニューホライズンコレクティブ(以下NH)」代表・山口裕二さんの描く未来には、日本の労働者の9割を占める会社員たちが、組織に属しながらも、自由で自分らしい働き方を実現させていく姿がある。

その最初の一歩と言うべき挑戦が、NHの事業基盤「ライフシフトプラットフォーム(以下LSP)」だ。志願したファーストペンギン約230人が電通本社を退職し、この“壮大な社会実験”に参加する。ーー

▶︎この特集【NH230人が見たい世界】は、NHの人々が何を今思い、何を未来に描くのか、外部の人間から迫ったインタビューをお届けします。
聞き手:本間美和 イラスト:山口洋佑

山口裕二さんの仕事歴:
95年入社。人事を3年経験した後、代理店の花形と言われる飲料担当営業に。クライアントトップの心をつかんだ順風満帆の10年間を送る。次に志願して赴任したのはベトナムで、現地代理店の泥臭い現場で4年間奮闘。その後クリエイティブや出向を経て、2017年から労働環境改革の担当に。NHおよびLSPの構想は2018年頃から温め始め、同じく代表でクリエイティブ出身の野澤氏との出会いも後押しとなり、2021年1月にスタートさせるに至った。

「妖精さん」は本人のせいじゃない。

ーーLSPという仕組みの発案者であり、今回電通から出向という形でNHの代表を務める山口さん。電通での経験を経て、どのような課題意識を抱いたのでしょうか。

どの会社にも居る、力を持て余している人を、昔は「窓際族」って言ったけど、最近では「妖精さん」っていうらしいんですよ。ふわっと会社に来てふわっと帰っていくから妖精さん。

2017年に労働環境改革推進室という特別室ができ、僕が室長になって、さまざまな社員と働き方の議論をする中で、そんな妖精さんが電通にも一定数いるんじゃないかって話になって。

「昔すごかったけどなあ」「まだまだ前線でやれるのに」っていう人が力を出し切れてない、もったいないケースが散見されるんですよ。年齢で言うとやっぱり40代以降。本人は何でもやるよって言ってるんだけど、若手も遠慮してか煙たがってか、仕事を頼まなくなって。

これは日本の会社のどこにでも起こっています。昔であれば、「天下り」をしてグループ会社の役職につくという道があったけど、今はほとんどなくなってきているし。早期退職の制度を導入しても、なかなか手が挙がらない。大きな会社は大量の妖精さんを持て余してるんですね。

でもそれは、本人のせいだけとも言い切れない。仕事のミスマッチだったり、周りの人とのミスマッチ、顧客とのミスマッチみたいなものが多分に影響しています。この現状を、会社の中で改善していくのはにとても時間がかかるので、電通とは別の組織体みたいなものをイメージし始めたわけです。

ーーそして検討を重ね、生まれたのがLSPの仕組み。退職者たちが個々に飛び立っていく普通の早期退職とは違って、ゆるやかに集団を形成し、チームを組んで働いたり学び合ったりできるんですね。

ライフシフトプラットフォーム(LSP)とは
経験を積んだ中堅・ミドル社員が退職して「個人事業主」になり、電通が出資する新会社ニューホライズンコレクティブと業務委託契約を結ぶ。段階的に減っていく固定報酬を得ながら、個人や、チームを組んで新たな仕事に挑戦し、10年で完全に自立するという仕組み。「ライフシフトアカデミー」という学び直しの機会も用意されいる。

今、いわゆるサラリーマンみたいな働き方が不自由な時代になってきていますよね。それはさまざまなルールだったり、リスクに対する行動の抑制だったり。でも本当は「人が仕事をして価値を出す」方法ってもっともっと多様でいいはずだと思うんです。

電通からNHに出た230人の中には、妖精さんだった人もいたかもしれません。会社の枠組みの中で、妖精であらざるを得なかった人が。でも、枠組みを出てみると妖精さんじゃないんですよ。会社には「居場所と出番」がなかった人が、自分で自分の居場所と出番を作った。僕はそんなふうに感じています。

プロだからできる。プロ×プロだから遊べる。

ーーつまりLSPは「居場所と出番を自分でつくれるプラットフォーム」だと。例えばそれはどのように実現されていくのでしょう?

NHの人は電通で長年経験を積んだ、何かのプロフェッショナルであると僕は思っています。だからプロにしかできないことはもちろん、プロだから許されること、つまり「仕事と遊びの境目」ぐらいのことを、ブレーキを踏むことなく思い切りやってほしい。なぜなら、そういう本人が面白がっているエネルギーって、きっと遠心力を持った渦の真ん中にあるはずで、周りの人を巻き込む可能性が高いですから。

今、他社さんからLSPの枠組みに参加したいという話も増えてきているんです。NHの230人が230人で終わるのではなく、異業種も含めた何かのプロたちが緩やかに結び付いていけたら、社会に対してもっとスピーディーに、シームレスに価値提供できるんじゃないかと楽しみです。

例えば将来、銀行OBの人と電通OBの人が一緒に山形県の仕事してますとか、可能性が広がるなぁって思うわけですよ。銀行の人は昔山形の支店に勤めてたから地場産業に詳しくて、電通の人は山形の新聞社と仲が良くて、二人の人脈を使って山形で地元企業を応援してるとか、そういうの最高じゃないですか。そんなふうにどんどんこれから、自由にチームを作り、強みを活かして、年齢に関係なく、どこでも好きな場所で仕事ができる時代になる。よくないですか。

もっと自分で考えて、ハッピーにすればいい。

ーーいま、世の中ではセグメント化が進み、過敏にマウントを取り合い、息苦しさを感じることも。老いが楽しみかと問われると正直言葉に詰まる…。そんな身としては希望が湧く話です。

子供の頃は、年齢を重ねるごとに分別がついた完璧な人になるのかと思ってたんですけど、そんなことはなかった。僕が一番分別がついてたのは多分30代で、50を超えた今なんて瞬発力も判断力も当時より劣ってる。でも、今の僕だからできることもある。

同じように、元気なじいちゃんも立派な若者も、寝たきりのじいちゃんもニートの若者もいろいろいて、みんな何かの役割があるんですよねきっと。だから、年寄りは害だとか、ニートはダメだとか極端な議論に行かず、いちいち何かでセグメントされたりタグ付けされていない状態が普通に回っていればいいなと思います。もう少しみんなが寛容で、シンプルに楽しかったらいいなと。

会社でいうと、事業計画作るでしょう。その数字って、何にコミットした数字なのか、僕はいまだに分からないんですね。価値提供の「結果」が数字だと思ってるので。数字を先に置いて、それを追いかけすぎて結果いいパフォーマンスが出せないって、ちょっと自虐的じゃないですか。合理的と思ったものが、実は自分たちを縛ってるだけだったりするんですよね。

NHは、始まったばかりの小さい会社なんで、ルールは参加するメンバーが考えればいい。この働き方が、社会と自分にとっていいと思って集まった人たちなんで、何にも囚われず、三方良しが実現できるように、お互いがハッピーになるように、ぜんぶ自分たちで決めればいい。そう思っています。

僕が凧の糸を持つ係になろう。

ーーLSPは山口さんにとって、いわば魂を込めてつくった仕組み。まず自分も参加したかったのでは? なぜ電通本体に残り、出向という形でNHの代表に就いたのですか。

NHが電通で承認されたとき、僕も手を挙げて、しかるべき立場で舵を取るのが責任の果たし方だと思っていました。妻にも承諾をもらっていたんですが。でも、NHという会社は、100%電通から出資を得ているわけですから、電通の様々な仕組みや制度、これから起こりうる変化とは無関係ではない。しっかりと電通側で調整する人間がいないと、糸の切れた凧になっちゃうと思ったんです。

なぜならこの仕組みって、電通にとっても初めてで、まだまだ不安定なものなんですね。もし、株主である電通が大きな方針変更を検討している時に、NHを理解した上で物が言える人間がそこにいないと、欠席裁判みたいになってしまう可能性すらあるわけです。

本籍電通の人間が、少なくとも数年は、目に見えない形のものを説明し続けなければいけない。その係は必要だから、僕がやろうと。

アリとキリギリスは両立できる。

ーーそういうことだったんですね。では、NHで山口さんが実現していきたい、人生100年時代の働き方とは?

僕は両立すると思うんです。アリかキリギリスじゃなくて、アリとキリギリス、両方ともね。属するか、一人だけでやるかを、選ばなきゃいけないわけじゃなかったんですきっと。



「こうじゃなきゃいけない」という呪縛に入ってると苦しくなってしまう。でもこれまでの常識が簡単に崩れる今の時代、本当に本質的なものにみんなが向き始めていると思います。

例えば今、学ぼうと思えばインターネットもあるし、自分の時間の融通をきかせようと思ったらできる。働き方も含めてやりたいことはやればいいし、ゆっくりしたければゆっくりすればいい。



「企業に勤める会社員か/個人で切り盛りする自営業か」ではなく、きっともっとオープンに、困ってることや欲しいもの、やりたいことを、自分にはない力を持っている人に頼ってもいいと僕は思っていて。そうして、個人やチームとして発揮する価値を最大化することで、もっと楽になるかもしれないし、余裕ができたら人を助けてあげられる。

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ツルむからできることがある。

ーー困ったら助け合える。ミドル世代のセーフティネット的な意味かなと思っていましたが、山口さんの視点は「その働き方によって何が生まれるか」に向いていますね。

僕は、「努力は必ず報われる」って迷信だと思ってます。「努力は必ずしも報われるとは限らない。が、努力しないと達成できない。」が正解。ただね、それは美しいんだと思うんですよ。一生懸命やった方が絶対いいんです。でも、努力そのものは自分の中のものであって、何かを達成しようとか、社会に価値を出そうとしたときには、1人のカラに閉じこもらない方がいい

1人じゃできなかったことが、2人ならできる、チームならできるかもしれないわけです。NHも、自立的研鑚を積む個人が、時には仲間と緩やかに繋がっている状態が成立するはずだと思っています。それがやがてどんどん大きな輪になっていけばいいなと。

そうなったとき、会社という制度の中ではできない、年齢を超えた、やりがいのある生き生きとした状態を、長く継続できる可能性があるんじゃないかと。そういう「社会実験」ですからね、これ。


New Horizon Collective WEBSITE

取材・構成・文 = 本間美和
フリーランス編集・ライター
1976年生まれ。日立製作所の営業から転職、リクルート「ゼクシィ」、講談社「FRaU」の編集者を経て、夫と2年間の世界旅へ。帰国後はNPOを立ち上げ「東北復興新聞」を発行。現在は長野と京都の二拠点生活で2児の母。大人な母のためのメディア「hahaha!」編集長。著書に『ソーシャルトラベル』『3Years』。
イラスト=山口洋佑
イラストレーター
東京都生まれ。雑誌・書籍、音楽、ファッション、広告、パッケージなどの様々な媒体で活動。CITIZENソーシャルグッドキャンペーン「New TiMe, New Me」、FRaU SDGs MOOK 、『魔女街道の旅』(著・西村佑子 山と渓谷社)、絵本『ライオンごうのたび』(著・もりおかよしゆき / やまぐちようすけ あかね書房)、テレビ東京「シナぷしゅ みらいばなし」などを手がける。各地で個展なども開催。yosukeyamaguchi423.tumblr.com/

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