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【鈴木教久の見たい世界】世界中の人が友達になれる未来を、ゲームでつくれたら。ここドバイから、本気で夢を紡いでいく。

ーー「Not Too Late.」彼の眼差しから、この一言を受け取った。

1000万ダウンロード、累計プレイヤー8億人のスマホアプリゲーム「人狼ゲーム」を、すべて一人で作り上げたマルチクリエイター鈴木教久さん。今はドバイ在住。どれほどギラギラ・キラキラとした人かと思ったら、違った。

鈴木さんは諦めていなかった。自分が生きているうちに、人の力で戦争を止められたら。ゲームで、世界を1つにできるかもしれない。

世界一の高層ビル、「ブルジュ・ハリファ」が窓越しに見えるバキバキにクールな風景の中で。穏やかに微笑む鈴木さんは、クールどころか誰より青臭いと思った。完全に見当違いだった。彼は成功者じゃなく、挑戦者なんだ。

「私は、どう生きたいの?」
自分への問いが刺さってきた。心の奥底に諦めがあった。もう、だいたいこんなもんじゃないか。大きく成長はできない。今さら青くなんて生きられない。年齢が、体力が、記憶力が、お金が、子供が、親が、環境が……。

そうだ。日本から8000キロ離れた場所から、鈴木さんは大事なメッセージを届けてくれたのだ。Not Too Lateと。ーー

▶この特集【NH230人が見たい世界】は、NHの人々が何を今思い、何を未来に描くのか、外部の人間から迫ったインタビューをお届けします。
聞き手:本間美和 イラスト:山口洋佑

鈴木教久(すずき・かずひさ)さんのお仕事歴:
1976年青森県生まれ。サーバーエンジニアやプログラマーとして5つの企業で経験を積んだ後、2008年電通入社。コミュニケーション・デザイン・センター(CDC)にて広告・開発プロデュースを行う傍ら、個人のプロジェクトとして、スマホアプリ「人狼ゲーム〜牢獄の悪夢〜」の制作・プロモーションを一人で行った。ゲームクリエイター、ソフトウェアエンジニア、UXデザイナー、シナリオライターなど多彩な職種で活躍。2021年に退職し、NH(ニューホライズンコレクティブ)へ。現在ドバイ在住。

16の職種を自在に操る

ーー2011年にリリースされたスマホアプリの「人狼ゲーム」が、ご自身でプログラミングからシナリオ、イラストまで一人で作り上げたものだと知って驚きました。どのようにそんなマルチな能力を身に付けてこられたのでしょう?

少年時代からゲームを作るのが好きでした。小学2年生のときサイコロを2回振って掛け算したときの平均値を考えたり、確率の概念を思いついて、それを元にゲームを作るのが好きでした。休み時間の5分間で盛り上がって完結するさまざまなボードゲームを自作してクラスで遊んだりしていました。

横浜の大学に入り、就職活動は1999年。僕はナムコやセガに入社してゲームクリエイターになりたかったんですけど、採用されませんでした。当時提出したゲームの企画書は、VRで空を飛んでいるようなシミュレーションができるゲームとか、ボカロのようなアーティスト育成ゲームとか、今流行っているものです。ちょっと早すぎたんですね(笑)。

それでサーバーエンジニアという渋い職種からキャリアをスタートさせました。その後転職を繰り返しながら、20代半ばでプログラマー、デザイナー、ディレクターの1人3役をこなすようになりました。

異なる職業を1人でこなすのは、なかなかコツがいるものです。
例えば、ディレクター人格の自分は、プログラマー人格の自分とデザイナー人格の自分に発注する役目です。だから「いつまでにできる?」と聞きたい気分になります。
一方プログラマーの自分は、ネットを検索して答えが見つからないとゴールにたどり着かないので、納期を聞かれても「多分できる」としか答えられない。コーヒー牛乳とコーラとプリッツを買い込み、やらなきゃいけないのにダラダラとネットサーフィンをして、ダメ人間として3日ぐらい過ごす。自分を何の価値もない人間だと蔑み、リア充の人たちへの恨みが満タンになったところでやっと出来上がる(笑)。プログラマーとしての僕はこういう性格なんです。

それぞれの役割でそれぞれの人格に切り替えるという仕事の仕方でしたが、2008年に電通に入社し、初めてプロデューサーという役割に就き、変化が起こりました。
プロデューサーは、クライアントを含め、関わる人全員の事情を飲み込んで答えを出す専門家ですから、これまで人格を切り替えるしかなかった異職種を、頭の中で同時に会話させられるようになったんです。
人狼ゲームのときは、その後増えたコピーライター、イラストレーターなど16の職種の自分を総動員して制作していました。

「疑う」から「信じる」に変わるゲーム

ーー人狼ゲームって、人狼ならバレないように欺き、市民なら疑われないように立ち回る、心理戦のゲームですよね? 市民が人狼を全員追放したら勝ちで、人狼が最後まで生き残ったら、市民の負け。

人狼ゲームには、プレイする人の心理状態に3つの段階があります。プレイヤーに成長が見られるんですね。
まず最初は、多くの人にとって「疑心暗鬼のゲーム」になります。
タイプは2つに分かれて、1つは、日本人の9割方はこのタイプなんですが、嘘もつきたくないし、疑いたくもない心理。人狼になったとき、「人狼でしょ?」と言われたら「えー?どっちだと思う?」と嘘をつかずに逃げようとします。

これは、信頼を損ねたくないという人の生存本能に関係していると思います。誰でも一度は学校でいじめの危険を感じたことがありますよね。私たちは基本、嘘をつくのがタブーで、相手を疑っていることがバレることもタブーだと感じています。ゲームで見られるのは、自分への信頼を守りたい心理です。
もう1タイプの少数派は、積極的に疑って嘘をつく人。推理が得意で、いかにこのゲームを攻略するか考え、無駄に嘘をついてみたり、裏の裏をかこうとする。そういう人が集まると4人くらい人狼っぽい人が出てきて、結局市民は絶対に勝てないんですけどね。

ところがこのゲームを5回10回とやっていくと、次の段階に入ります。「ロジカルなゲーム」と割り切って捉えるようになるんです。
これは所詮ただのゲームで、嘘をついても元々の人間関係は壊れないと分かると、ロジカルでクールになれるんです。この二人はかばいあってるから人狼同士だろう、人狼を責めていた彼は人間だろう、と。人情は切り離し、議論で闘って論破する意識なので、実は一番殺伐として喧嘩になるのがこのステージです。

人狼ゲームで世界をつなぎたい

ーー最終段階では、プレイヤーはどう成長するんですか?

3番目の段階に行った人には、「人間力のゲーム」になります。議論で勝って頭がいいと思われるより、あの人とまたゲームしたいと思われる方が幸せだと気づく。
だから、人の嘘を責めるのではなく、初心者をフォローしたり、皆の行動を記憶して正確に話したり、自分の行動が人狼探しに役立っていることをアピールするようになります。

なので最後の段階では、全員がハッピーに終われるようにゲームメイキングするような人たちが集まってきます。磨いていくと、自分がいかに誠実になり、それをどう説明して信じてもらうかっていうゲームになるんです。
人狼になったプレイヤーも、みんなを楽しませるために、最後まで精一杯「うまい嘘」をつこうと努力します。勝つためではなく、サービスとして嘘をつくんですね。なので、相手が不快になるような弁明の仕方はしません。

ーーつまり、「疑う」から「信じる」へ。面白いですね。心理状態の変化のプロセスを含め、人狼ゲームにさらに興味がわきました。

今僕が、プロジェクトを組んで進めているのは、言語の壁を超えた人狼ゲームです。
今、中国やアメリカでもそれぞれの言語版の人狼ゲームが流行ってきているんですが、それを同時通訳で、世界中の様々な国の人が一緒にプレイできるようにしたくて、改良を進めています。

スポーツやバトルのゲームでは、外国や異文化の人とそこまで深く分かり合えないですよね。人狼ゲームでの異文化理解って、「中国人にはこういう言い方しないと伝わらないんだ」とか「ロシア人って嘘つくときこう逃げるんだ」とか、「ドイツ人ってこういう議論したがるな」とか、「わかる」の深さが違います。言語を使った国際スポーツとして人狼ゲームが広がると、人類のレベルが一段階上がってくると思っているんですよ。

多数側に入ろうとする生存本能

ーー面白いですね! ところで鈴木さんがドバイに移られた理由は何だったのでしょう?

昔から海外で暮らしたい気持ちがあったのもそうですが、2021年末でドバイに来た最大の理由は、一言で言うと危機意識でした。メディアや教育や政治、経済の状況を見ていて、出たいなら早めに出ないと国がどんどん閉じて行って出られなくなるんじゃないかと胸騒ぎがしたからです。

いま、一般メディアと逆の意見ってあまり受け入れてもらえないですよね。でもこれはある種自然なことだと思っています。国へのアンチの情報を拒絶するのは、人間の生存本能が、多数決の多数側に入りたくさせるからです。
僕はもともと保守的な所があるのでよくわかるんですよ。例えばホリエモンさんにしても、出てきた最初は、どんな人か知りもせず、自分で考えもせず、ただ世間と同じようにナナメに見ていました。

多数決の多数側にいたい心理。イノベーター理論で言うと「レイトマジョリティ」の多い国なんですね日本は。つまりリスクを取らない。
安定した時代ならリスクを取らない生き方は最強の勝ち筋ですが、今後のさらに激動になる時代には、レイトマジョリティであることの方が逆にリスキーになってくるんじゃないかと思うようになりました。

ーー鈴木さんに保守的な性質があったとは、なんだか意外です。

実は恥ずかしながら、若い頃は自分を「イノベーター」だと思っていたし、その次は「アーリーアダプター」だと思っていました。でも電通時代に、ホリエモンさんのような時代の先を行っている人を批判したくなる自分ってそのどっちでもないなと気づいて。
僕はアーリーアダプターとアーリーマジョリティーの間で、何かがキャズムを超える(一般化する)タイミングに、それを多くの人たちに受け取りやすい形に変換する人間なんだと知りました。

例えばブログがまだなかった時代に、すべてをホームページ上で更新できるブログの走りみたいなものをサービス化したことがありました。みんながホームページを持ちそうなタイミングで。ブロックチェーンも、2016年頃からあったのになかなか踏み切れず、いよいよ一般化してくるタイミングの2019年から始めました。

日本にいた時は基本的に自虐的で、何か優れている部分も「いやいや僕なんて」と自分を下げていました。それが居心地がいいからです。人から恨まれる位なら貧乏なほうがいい、世間から叩かれるくらいなら無能な方がいいと、はみ出さないように無意識に振る舞っていた気がします。

けれども、環境を変えるって素晴らしくて、ここドバイに来て、情報感度と自分への評価が高い人たちに囲まれていると、自分の意識もそこに合わせて自然に高くなるんですね。人々の考えていることが変わるから、多数決で入る場所も変わってくる。今の僕は自分に嘘のない、とても居心地のいい状態で暮らせています。

天で作られた贈り物

ーー世の中を広く見渡して、キャズムを越えるタイミングを捉えるという、その「嗅覚」の部分が、鈴木さんの才能なんでしょうね。どのように養ってこられたのでしょう?

フレディ・マーキュリーが晩年にかいた曲に「Made in Heaven」があります。成り行きと思うことも、すべては天で作られたもの、つまり神の思し召しだという歌です。
僕はなんとなく、その感覚で生きていると思います。
すべてのものは、天でつくられて届けられている。その届けられる贈り物は、一つひとつ、自分が進むために必要なものなんだって思います。

僕が大変尊敬している工学博士の田坂広志さんが、『運気を磨く』という本を書いているのですが、田坂さんの言葉に「幸せは、不幸の顔をしてやってくる」というのがあります。
僕の感覚で言うと、天が届けてくれるものの中に、たまにすごく嫌な色のラッピングだったり、ギザギザした嫌な形のパッケージのものがあって、それは悲しい出来事や、嫌な出来事です。でもそういうものこそ、中にはとても大切なものが入っているんですね。

例えば仕事でイラっとくるときは、若かりし頃の自分がやってきたことを相手にやられたときだったりする。つまり、それは自分が成長できたことの証拠です。そして、それは先輩に育ててもらったことへの感謝が、嫌なパッケージで届いていて、気づかせてくれるんです。

ーーその感覚、今すごく分かりました。最近私、子猫を拾って人にあげたら、驚くほどの喪失感で大泣きしてしまったんです。でもその時、これには何か意味があるなと感じました。具体的には、我が子が幼い頃の育児への後悔があると知って、もう一度子供にしっかり向き合おうと決意したんです。勝手な解釈ですけど。

それでいいんだと思います。解釈力。すごく大事だと思います。
僕も、ドバイに来る前後に2匹の猫を亡くしました。鳴き声や感触を思い出しては悲しくてね。でもその嫌なパッケージの奥に入っていたのは、猫たちと過ごした日々への感謝でした。

僕はこの人生を体験したくて、この世界でやるべきことがあって生まれてきて、それを天がサポートしてくれている。だから悲しいことも全部自分に必要で、自分が体験したかったことなんだと思うんです。

ーーMade in Heavenの歌詞の冒頭に、「運命に身を任せる/自分の役を演じながら/辛い思い出と共に生き/それを心の底から愛している」とありますね。鈴木さんのおっしゃること、ぴたりと重なります。

そうですね。今は猫の待ち受け画面を毎日眺めながら、悲しいほどの愛おしさが、胸の中にプレゼントとして、しっかりと残っていることに感謝しています。

この幸運を使う先は

ーー先ほど、人狼ゲームが言語の壁を越えた国際スポーツとして広がると「人類のレベルが一段階上がってくる」とおっしゃいましたね。どういうことでしょうか。

異言語、異文化の人が、もっと深い意味で分かり合えるようになるということです。ものすごく簡単に言ってしまえば、友達になれるということ。

僕は、国際会議の前にアイスブレイクで人狼ゲームを取り入れてほしいと思っているんです。「みんな嘘下手じゃん!」と分かった後に会議をやったら、今までよりフレンドリーに会話ができるんじゃないかって。夢みたいな話ですけど、結構本気です。

人狼ゲームは、お互いを疑い合って情報を出し合わない場合、ほぼ人狼が勝つんですね。悪いことを考えている人が勝ってしまう
善良な人たちが自分たちの情報を信じてもらえるように会話するのが、悪に勝つ必須条件です。それを叶えられるのは、今地球上で最も分かりやすいものが人狼ゲームだと思っているんです。
これは僕ができる形での戦争への抗い方。まだ遅くない。諦めたくないです。

ーーうーん……。鈴木さんと同じ年齢の私は、諦めていました。いろんなことを。もう遅いって。

僕は田舎育ちの、ただのゲーム好きの男の子でした。さまざまな仕事を経験して、ソフトウェアを作る技術をすべて覚えることができて、素晴らしい妻も得て。
ものすごく幸運なんですよね。だからこそ、ただボーッとしていてはいけない。この幸運を、社会や、世界のために使っていきたい。

とくに僕は、「この人類の歴史の中で人間の力で戦争を止められたらいいな。できれば僕が生きている間に」と思っているので、その目標に自分の活動が、少しでも触れているような気持ちで取り組めたら、本当に幸せだな、と思っています。



New Horizon Collective WEBSITE

取材・構成・文 = 本間美和
フリーランス編集・ライター
1976年生まれ。日立製作所の営業から転職、リクルート「ゼクシィ」、講談社「FRaU」の編集者を経て、夫と2年間の世界旅へ。帰国後はNPOを立ち上げ「東北復興新聞」を発行。現在は長野と京都の二拠点生活で2児の母。大人な母のためのメディア「hahaha!」編集長。著書に『ソーシャルトラベル』『3Years』。

イラスト=山口洋佑
イラストレーター
東京都生まれ。雑誌・書籍、音楽、ファッション、広告、パッケージなどの様々な媒体で活動。CITIZENソーシャルグッドキャンペーン「New TiMe, New Me」、FRaU SDGs MOOK 、『魔女街道の旅』(著・西村佑子 山と渓谷社)、絵本『ライオンごうのたび』(著・もりおかよしゆき / やまぐちようすけ あかね書房)、テレビ東京「シナぷしゅ みらいばなし」などを手がける。各地で個展なども開催。yosukeyamaguchi423.tumblr.com/

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